じっぱひとからげ

十把一絡げになんでもかんでもつづる。

嫁が地図をくるくる回す理由を調べてみた。

嫁と二人で11日間の海外旅行をする中で、いつも地図をくるくる回すので、なぜ地図をくるくる回してしまうのかの本質が知りたくなった。私の知りたかったドンピシャのタイトルがあったので即買い。 

著者は研究者なので、この本も学術論文のような展開の仕方になっている。学術論文の論理の展開の仕方に慣れていない人は少し読みにくいかもしれないが、学術論文に多く触れてきた理系の人にとっては誰が、いつ、どのような条件で、どのような実験をして、どのような結果を得たのかということが明らかになっているので納得感がある。

■地図を回すことは誰にでも必要なことである
地図を回してはいけない、地図をくるくる回すのは方向音痴の証だとみなされがちだが、こう考えられるようになったのは「話を聞かない男、地図が読めない女」がベストセラーになったために広まってしまった偏見であるという。

地図を北を上にして見るとき、北に進むときは良いが南に進むときは脳内で地図を回転させる必要がある。これを「心的回転」と言い、判断に時間がかかりエラーも起きやすい課題であるとされている。

こちらが簡単な例である。上の図を回転させた図はa,b,c,dのどれかを判断するというものである。正解はcでそれ以外は回転させるだけでは重ならない。この能力は、地図の上を北に向けた状態で南に進むときに必要な能力が使われていると考えられている。 

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この本を読むまで知らなかったのだが、この世界にはオリエンテーリングという野外競技があるそうだ。オリエンテーリングというのは、地図とコンパスを用いて、山野に設置されたポイントをスタートから指定された順序で通過し、フィニッシュまでの所要時間を競う野外スポーツの一種らしい*1。この地図を読む時間を秒単位で競うオリエンテーリング上級者においても、心的回転のによる判断エラーを防ぐために常に地図と周囲の方向を一致することを欠かさないのだという。むしろ、この地図と周囲の方向を一致させることを正置または整置と言い、オリエンテーリングの技術の基本らしい。そもそも、ある地点から目的地に向かうために、地図をくるくる回すことは間違っていないのである。

■地図をくるくる回すことと性差
この心的回転の能力においては、男女において有意な差がみられるという。ここで男女という言葉を使ったとき、「ちょっとまってくれ、男女の定義はなんだ」とすぐに聞きたくなったあなたは、ぜひ本を詳しく読むことをおすすめする。ここでは私が気になった話をかいつまんで説明することにする。

ここでの男女は生物学的な性差を表しており、性ホルモンの状態と空間能力が関連するという研究成果が蓄積されているというのだ。一つは、女性の月経周期による性ホルモンの分泌量の変化に呼応するように、心的回転課題の成績が上下するという結果が得られたという実験である。もう一つは、性同一性障害等で性ホルモン投与によって性転換を行う被験者について、男性が女性に転換した場合に心的回転課題の成績が低下し、女性が男性に転換した場合に心的回転課題の成績が向上したという結果が得られた実験である。これら研究上の視点から、男女において有意な差があるとされている。

■空間能力の性差は社会的な影響も無視できない
一方で、大変興味深いのは「女性は方向音痴」という社会的通念によって、女性が自分の方向感覚を無意識に低く見積もってしまうということを示した実験があるというのだ。これにはとても驚いた。

あるグループAには「空間能力を試す課題だ」と教示し、別のグループBには「共感性を試すものだ」と偽って実験をすると、グループBでは成績の差が小さいのに対して、グループAでは男女の成績の差が大きくなったという。これは、暗黙のうちに女性の多くの被験者がこの社会的期待に応えてしまうからだと考えられている。このように教示の仕方による男女差を指摘する研究は多いという。

■性差はあるが目的地に到達する能力に差はない
心的回転課題において、有意な性差があることが科学的根拠はあるが、現実の空間で行われた実験では、男女が目的地に到達する脳略に差はないとする研究もあり、結局のところ、男だから、女だからという議論は無意味であるというのが落とし所のようである。

■この本のおもしろいところ
私は嫁が地図をくるくる回すところに着目してこの本を手にしたが、オリエンテーリングに必要な技術がギュッと詰まっているので、目的の場所に迷わずに到達するテクニックが満載である。

方向音痴の話や、男女の性差はあくまでも導入部分である。地図を読むには何が必要なのか、ランドマークが何もない大海原や砂漠地帯でのナビゲーションや、視覚障害者のナビゲーション、いまではもはや日常になくてはならない技術となったGPSの原理から、ナビゲーションの軍事利用まで、ある地点から目的の地点にたどり着くことについてあらゆる切り口から説明している。

狩猟や採集のために目的地にたどり着ける能力が生死に直結していたころから考えると、その能力に乏しくても死にはしない時代ではあるが、知っていると得することが多いであろう地図の話がたくさんあるので読み応えがある。