じっぱひとからげ

十把一絡げになんでもかんでもつづる。

31歳SIerからユーザ企業の情報システム部門への転職(1)

そろそろ会社を移ってから時間が立つので、転職に至るまでの思いや、実際の活動がどのようなものだったかについて記録しておこうと思う。シンプルなQAで書けば20行程度で終わるような内容かもしれないが、自分自身が忘れてしまわないようにできるだけその瞬間その瞬間で何を思い、何を感じたのか大切にして、ていねいに残しておこうと思う。

■新卒で入った会社について

私は新卒でいわゆる大手SIerに入社した。大学では情報科学を専攻していて、将来はSEとして東京で働くのだろうと漠然と想像していた通り、寸分違わず東京でSEをすることになった。ただ、ここでSIerを選んだ背景には学生時代の経験が強く影響している。

私は学生時代に大学の単位とは関係のない課外授業のようなものに自主的に参加していた。この課外活動は、学部4年からM1、M2のまでの3年間で「実践に限りなく近い」ITの世界を体験しながら学ぶという取り組みである。この活動の費用は民間企業の寄付金で賄われていた。

大学側は学生がなかなか触れることができないリアルな現場の話を民間企業の講師から学ぶ場を学生に与えることができ、企業からすれば自主的に学ぶという勤勉な学生にリーチする機会を多く得ることができる。企業側は少なからず採用活動にも力をはたらかせることができるという意味で利害が成立していた。もちろん、学生は必ず寄付企業に就職しなければならないという強制的なシバリはないが、企業からすると欲しい人材が揃っていることは間違いなかった。なぜなら、単位に関係のないこの課外活動に積極的に参加しているというだけでも十分機能するフィルタになっているからだ。また、学生はいざ就職活動をしようとという段になって、知らない会社を受けようとはしない。早い段階でその選択肢の中に入れてもらうということは企業にとって宣伝という意味で採用活動の一助になるはずである。

さて、ここでこの課外活動が「実践に限りなく近い」と呼んでいるのは、実際に学生がお客様と対峙し、お客様の要望をうかがい、ITの力で解決して対価をいただくという、まさにITサービスのことを指している。本当に顧客がいるというだけで、お遊びでは済まされない真剣勝負に足をつっこむことになる。この真剣勝負は当然学生だけではない、教員も、企業も全員だ。学生は自主的にプロジェクトを推進するということが大前提ではあるものの、学生はアマチュアなので、教員や企業のアドバイスもプロジェクトを成功に導くために重要である。産学連携という月並みな言葉にするとつまらない響きになってしまうが、この活動において教員も企業もみんな真剣だった。学生ごときの私が企業の人と真剣に意見交換をしてぶつかることもあったが、真摯に向き合ってくれたことを今でも強く覚えている。

私が学生時代のこの課外活動の中で得られた一番の学びは「要求開発の難しさ」である。読者の多くがこのタイトルを見てこの記事を見ているとすると、おそらく「そんなことは当たり前だ」「そんなことは知っている」と思うことだろう。しかし、このことはみんな知っていながら、現場では重要視されないという矛盾をはらんでいる。この矛盾についてはまた別で話をすることにする。

要求開発とは、OPENTHOLOGYの要求開発宣言*1によれば以下の通りである。

情報システムに対する要求は、あらかじめ存在しているものではなく、ビジネス価値にもとづいて「開発」されるべきものである。

情報システムは、それ単体ではなく、人間の業務活動と相互作用する一体化した業務プロセスとしてデザインされ、全体でビジネス価値の向上を目的とするべきである。

情報システムの存在意義は、ビジネス価値の定義から要求開発を経てシステム開発にいたる目的・手段連鎖の追跡可能性によって説明可能である。

ビジネス価値を満たす要求は、直接・間接にその価値に関わるステークホルダー間の合意形成を通じてのみ創り出される。

要求の開発は、命令統制によらず参加協調による継続的改善プロセスを指向すべきである。

「ビジネスをモデルとして可視化する」ということが、合意形成、追跡可能性、説明可能性、および継続的改善にとって、決定的に重要である。 

聞いてしまえば当たり前のことだが、これを改めて整理して定義したことの意義は大きい。百戦錬磨の現場の企業のみなさんが、数々の上流工程でのトラブルからエッセンスを集約した結果だと考えると、今ではその血の滲むような苦労がうかがえる。さぞかし、大変だったことだろうと。

「客は自分が欲しい物が何かをわかっていない」

この言葉は学生の私にはとても衝撃的だった。だからこそ顧客の要求を「開発」しなければならないのだという。企業の人は当時の私に対して、わかりやすいように家に例えてくれた。

「あなたがもし家を買おうとしたときに『どんな家がほしい?』と聞かれてすぐに言葉で表すことができますか?」

「何色の屋根にしますか?」

「階段の1段の高さは何cmにしますか?」

「手すりは必要ですか?」

とても良い例えだと思った。家が欲しいとはいえ、その粒度で問われても良いも悪いもわからない。このように顧客自身でも明確になっていない要求をいかにして引き出すか、それが要求開発であると。そして、この要求開発こそシステム開発におけるもっとも重要と言われる上流工程での腕の見せ所であるというのだ。

この課外活動から私はこの、システム開発において最も難しいとされる要求開発のスペシャリストを目指したいと思い、いわゆる上流、人によっては最上流と呼ぶ工程を担う可能性が高い大手のSIerに入社した。

 

そして、その5年半後に会社を辞めた。

 

続く

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#2016/12/04追記
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